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ポピュレーションアプローチへ 民間だからできること

  • 執筆者の写真: ACBaL
    ACBaL
  • 6月6日
  • 読了時間: 6分

川下から支える行政の活動


命の現場で機能する「ハイリスクアプローチ」


自殺対策にはいくつものアプローチがあります。自殺の危険が高い状態にある人々に対して、直接的・専門的な支援を行う「ハイリスクアプローチ」といわれる方法があります。電話相談、SNSやチャットでの応答、対面によるカウンセリング、医療機関との連携など、非常に実践的かつ緊急性の高い支援です。


日本では、厚生労働省が推進する「ゲートキーパー養成」、文部科学省が設置する「24時間子どもSOSダイヤル」などが代表例として知られています。また、NPO法人OVAなど、インターネットやAIを介した相談活動も広がりを見せており、現代的な課題への対応が進んでいます。


「受動的支援」であるという構造的限界


ただし、これらの支援は原則として「受け身」の活動です。つまり、悩んでいる当事者が「助けてほしい」と声を上げない限り、支援の手が届かないのです。そして、苦しみの渦中にある人ほど、声を出す力すら残っていない場合が少なくありません。


このようなアプローチは、いわば“川下”で人を救い上げる働きです。重要で不可欠な取り組みである一方、上流から次々と人が流されてくる状況が変わらなければ、根本的な課題解決には至らないというジレンマを抱えています。


統計に表れる「川下だけでは足りない」という現実


たとえば、厚生労働省と警察庁の「令和6年中における自殺の状況」によれば、2023年の日本の自殺者数は20,320人で、前年比1,517人の減少となりました。しかし、年齢別に見ると、10代・20代・30代の若年層では依然として高い水準を維持しており、大きな減少は見られていません(出典:厚生労働省PDF)。


また、内閣府の統計では、特に10代女性の自殺率はこの10年で上昇傾向にあることが示されています(出典:内閣府 男女共同参画白書)。


これらの数字は、ハイリスクアプローチが一定の効果を上げつつも、「声を上げられない人」や「苦しみが潜在化している人」へのアプローチが不十分であることを物語っています。

だからこそ、“川上”での対策ー孤独や孤立を生まない社会構築へのシフトも求められているのだと私たちは考えています。



なぜ人は流されてくるのか?


孤独と孤立がもたらす見えない危機


川上で起こっている問題とは何でしょうか。それは、「孤独」と「孤立」です。いずれも目には見えづらいが、現代社会に深く根を下ろしている構造的課題です。OECD(経済開発協力機構)の国際比較でも、日本では「誰かに頼れる」と答える人の割合が非常に少なく、社会的つながりの希薄さが問題視されています。


他人の目を気にしながらも、本音で語り合える関係がない。助けを求めたいけれど、誰にも打ち明けられない。そうした状態が長く続くと、「自分はここにいてもいいのか」「誰にも理解されない」といった自己否定感が心に巣食い、やがて生きる意欲そのものを蝕んでいきます。


孤独を「問題化」しない社会風潮


さらに問題を深刻にしているのは、日本社会には「孤独=個人の努力不足」とする風潮がいまだ根強いことです。「がんばれば何とかなる」「迷惑をかけるな」といった価値観が、弱音を吐くことすらためらわせ、苦しみを“自己責任”として内面化させてしまう。これでは誰も声を上げることに相当は勇気が必要です。



ACBaLが選んだ可視化されにくい「川上」での活動


ポピュレーションアプローチとは何か?


ACBaL(誰もが誰かのライフセーバーに)は、こうした現代社会の課題に対し、「川上でのアプローチ」、すなわちポピュレーションアプローチという活動を選びました。これは特定のリスクを抱えた人だけでなく、すべての人を対象に、社会全体の意識と行動に働きかけていくアプローチです。


たとえば、誰かと新しい考えに触れたり、自分の生き方を見直す対話の場を設けたり。悩みがまだ表面化していない人たちにも“自分を受け容れるきっかけ”を提供することで、孤独や孤立を未然に防ぎ、結果として「自殺の芽」を育てない社会を目指すのです。


自分が変わることで、社会が変わる


ACBaLが活動を通じて伝えているのは、「他人を変えることはできない、でも自分なら変われる」というシンプルかつ根本的な考えです。他人を説得するよりも、自分の姿勢や感受性を見つめ直すこと。まず自分が誰かに関心を持ち、声をかけ、対話を始めてみること。


こうした個人の変化が、やがて周囲に伝播し、少しずつ「困っている人に気づける社会」へと変わっていく。社会を変えるには、まず社会を構成する「人」が変わる必要がある─これは決して理想論ではなく、ACBaLが実践をもって示している現実的な変革モデルです。



民間だからこそできる持続可能な変化


柔軟さと創造性で風土を変える


行政や公的機関は、どうしても”いま苦しんでいる人”への直接介入を優先しなければなりません。その点、民間団体には「小さく始める」「失敗から学ぶ」「関係性を育てる」といった柔軟性と創造性があり、個別の想いや多様なニーズに対応することも可能です。


ACBaLは、”新しい考えや人と出合う”ことを目的とした「縁日」を設立以来継続して行っています。他人の話や今まで興味のなかったテーマに出合うことで、本人すら気づいていなかった「心の風通しの悪さ」に気づき、早い段階で変化の種を蒔くことが可能になると考えています。


「静かな革命」を支えるコミュニティ


ACBaLの活動は、一過性のイベントではありません。むしろ、静かに、継続的に、心の深部に浸透するような営みです。一人の意識が変わり、日常の関係性が少し変わり、そこにまた新しいつながりが生まれる─そうした「静かな革命」を支えるのが、ACBaLが目指すコミュニティです。



あなた自身が社会を変える一歩になる


「誰かのライフセーバーになる」日常的な選択


「誰もが誰かのライフセーバーに」。この言葉は、特別なスキルや立場を持つ人だけでなく、すべての人が他者の命に関与できるという希望のメッセージです。大きなことをする必要はありません。隣の人に「最近どう?」と声をかける。ちょっと立ち止まって目を合わせる。それだけで誰かの心を救うことがあるのです。


「私たちは世界を映す鏡にすぎません。外の世界に存在する傾向は、私たちの身体の中にも見出されます。もし私たちが自分自身を変えることができれば、世界の傾向も変わるでしょう。人が自分の本性を変えれば、世界の態度も彼に対して変わるのです。これが至高の神秘であり、私たちの幸福の源です。他人が何をするかを待つ必要はありません。」 マハトマ・ガンディー


そしてそれは、あなた自身をも救うことになります。他者を思いやる行為は、自分自身の存在を確認する行為でもあるのです。




参考資料:

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