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言葉の重み  何気ない一言が若者を救うこともある

  • 執筆者の写真: ACBaL
    ACBaL
  • 1月21日
  • 読了時間: 5分

更新日:4月19日

「そんなつもりじゃなかった」が傷になる時


私たちは日々、無数の言葉を発し、聞き、交わしています。会話、SNS、メール、電話。言葉は人間関係を結ぶ最も基本的なツールであると同時に、ときに人を励まし、ときに深く傷つけもします。

特に感受性が豊かで、社会との関係がまだ未成熟な若者にとって、言葉の力は想像以上に大きな影響を及ぼします。「そんなつもりじゃなかった」の一言が、誰かの心に一生残る痛みを与えてしまうこともあるのです。


本音を話せない若者


SNSを通じて常につながっているように見える現代の若者たちですが、実際には「誰にも本音を話せない」「比較されるばかりで自信をなくす」と感じている人が少なくありません。無数の言葉が飛び交うデジタル社会においてこそ、言葉の重みを再認識する必要があるのです。


言葉は「刃」にも「薬」にもなる


68万件ものいじめ


文部科学省の調査によると、2022年度に全国で確認されたいじめの件数は68万件を超え、SNSを介した「見えないいじめ」や「からかい」「無視」「言葉の暴力」が顕著になってきています。直接的な暴力ではなくても、繰り返される「言葉」によって自己肯定感が損なわれ、やがて「自分なんていない方がいい」と思いつめる若者が増えているのです。

心理学では「マイクロアグレッション(微細な攻撃)」という概念があります。これは、悪意の有無にかかわらず、人の尊厳を傷つける軽視的な言動のこと。たとえば「男のくせに泣くな」「そんなことで落ち込むなんて弱いね」といった“何気ない一言”が、心に深い傷を残します。

また、発言する側が「冗談のつもり」「愛情表現」として発した言葉も、受け取り手によってはまったく異なる意味を持ちます。家族や教師、友人など、親しい関係性の中でこそ、言葉の力がより強く、時にその破壊力が深刻な影響を及ぼすことがあるのです。

逆に、たった一言が誰かを救うこともあります。「君のことを気にかけているよ」「ゆっくりでいいよ」「いてくれてありがとう」──そうした言葉が、孤独の中にある若者にとって「希望の証」になるのです。心理的に最も追い詰められた状況下にあっても、「自分を理解しようとしてくれる誰か」の存在があることで、命をつなぎとめる力となることは、数々のグリーフケアやピアサポートの現場でも報告されています。


若者に届くことばのかけ方

では、私たちはどうすれば、若者に安心と信頼を与える言葉を届けることができるのでしょうか。以下に3つの実践的なポイントを挙げます。

1. 評価せず気持ちに寄り添う

「頑張ったね」「それはつらかったね」──まずは、目の前の感情にそのまま寄り添うことが大切です。アドバイスや評価をすぐに返すのではなく、「今の気持ち」を一緒に確認する言葉が、心を開く鍵になります。多くの若者は、正解や励ましを求めているのではなく、「分かろうとしてくれているかどうか」に敏感です。

親や先生のような立場にある人ほど、つい「こうすればいい」「君のためを思って」と言いたくなりがちですが、それがかえって若者を黙らせてしまう原因になることもあります。まずは「聴く」ことに徹する姿勢が、言葉の信頼性を高める第一歩です。

2. 否定しない 比べない

「○○くんはもっとできてたよ」「そんなことで落ち込まないで」は禁句です。たとえ励ますつもりでも、若者は「自分が認められていない」と受け取ってしまいがちです。言葉の奥にある「そのままで大丈夫」という安心感を届けることが大切です。


「みんなそうだよ」「それくらい平気でしょ」といった一般化も、若者の痛みに蓋をしてしまいます。個別の経験として丁寧に受け止め、「あなたの感じ方は尊重されるべきもの」と伝える言葉選びが、深い共感と安心をもたらします。

3. 沈黙を恐れず「待つ」姿勢

言葉にするのが難しい気持ちもあります。無理に引き出そうとせず、「言いたくなったら話してね」という空気をつくることで、安心感が生まれます。ときには「そばにいる」という無言のメッセージが、最も伝わる言葉になることもあります。

一緒にいる時間の中で、あえて沈黙を共有する勇気を持つこと。沈黙を恐れず、ただ相手の存在を肯定し続ける。それが、最も誠実な「ことば」になることもあるのです。



言葉の重み

有名な日本の劇作家であり、演出家でもある鴻上尚史さんの言葉です。本当にその通りだと感じています、意識して発してようと、そうでなかろうとも。 言葉には、人を殺す力も生かす力もある。 鴻上尚史(日本 1958年〜、劇作家・演出家)

感情を動かし、人生の方向を変えてしまうほどの力が、言葉にはあります。だからこそ、私たちはその一言に意識を向け、「心を扱う道具」として丁寧に使う責任があるのではないでしょうか。

たった一言で、人は生きようとすることができる。だからこそ、言葉のひとつひとつが、大切な誰かの未来を左右してしまうことがあることを、私たちは忘れてはならないと思うのです。



誰もが誰かのライフセーバーに

誰かの命を救うのは、医師やカウンセラーだけではないかもしれません。たったひと言「どうしたの?」と声をかけてくれたあの人。何も言わず、ただそばにいてくれたあの人。そうした誰かの存在が「自殺」という選択肢を遠ざけてくれると考えています。


私たち一人ひとりが、誰かの「ライフセーバー」になることが求められている時代です。その第一歩は、見えない心の声に静かに耳を澄ますことから始まるのではないでしょうか。


参考文献 『令和5年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果』https://www.mext.go.jp/content/20231031-mxt_jidou02-100002753_2_2.pdf

『無自覚の差別行為「マイクロアグレッション」とは?専門家に聞いた』 https://www.nippon-foundation.or.jp/journal/2023/89893

『マイクロアグレッション概念の射程』(研究報告書『生存学研究センター報告24』所収)https://www.ritsumei-arsvi.org/uploads/center_reports/24/center_reports_24_08.pdf

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