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握手が開く心の扉 手をつなぐことが創る安らぐ心

握手がくれた、言葉を超えた“つながり”の記憶

「どうしてこんなに、ほっとしたのだろう?」

ある朝、出勤前にばったり出会った高校の同級生、たった一言の挨拶と数秒の握手。その瞬間、胸の奥がふっとあたたかくなった。「がんばろう」と思える小さな力が宿るようだった。


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握手。それはただのあいさつでも、礼儀でもない。私たちの心に直接語りかける、静かで力強いメッセージなのかもしれません。

コロナ禍を経て、人と人とが触れ合うことの意味は、大きく変わりました。一時は避けるべきものとされていた「握手」。しかし、それがなかった時間を通して、私たちは“触れる”という行為の本質的な意味に気づき始めたのではないでしょうか。



「触れる」ことがもたらす安心のメカニズム


皮膚から脳へ、「ぬくもり」が伝えるもの


人間の手のひらには、温度、圧力、摩擦などを感じ取る触覚受容体が豊富に分布しています。他者の手に触れることで、これらの受容体が刺激され、脳内ではオキシトシンというホルモンが分泌されます。


オキシトシンは、信頼、共感、絆を深める神経伝達物質として知られ、ストレスの軽減や不安の緩和に効果があるとされています。研究によると、握手やハグなどの身体的接触は、他者への信頼感を高め、ポジティブな社会的関係を築くことに寄与すると示唆されています(出典:Michael W. Kraus et al., Journal of Nonverbal Behavior, 2017)。


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つまり、握手は単なるあいさつの所作ではなく、心と心を近づける“生理的な安心”のスイッチでもあるのです。



古代から現代へ 握手に込められた文化と象徴性


起源は“武器を持たない”ことの証明


握手の歴史は、紀元前5世紀ごろの古代ギリシャにまで遡ります。当時の彫刻には、人々が手を取り合う姿が刻まれています。その目的は「敵意がないこと」を示すためだったと考えられています。武器を持たない開かれた手を差し出すことで、平和と信頼の意思を伝えていたのです。


その後、中世ヨーロッパでは、契約や同盟の締結、騎士の誓いなどにおいて、手を取り合う儀式が重視されました。やがて近代になると、クエーカー教徒が平等の精神を体現する手段として握手を用いたことにより、社会的儀礼として広まっていきます。


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このように、握手には対等性、信頼、誠意、共感といったメッセージが込められてきました。それは今なお、ビジネス、外交、スポーツ、日常の出会いや別れにおいて、大切な役割を果たしています。



社会的ウェルビーイングと「つながり」の実感


「孤独」が与える影響と、触れ合いの役割


現代社会において、人とのつながりを感じられないことは、肉体的・精神的な健康に深刻な影響を及ぼすとされています。近年、社会的孤立や孤独感が高まることが、うつ病、認知機能の低下、心疾患などと関連しているという研究も増えています。


それに対して、身体的な接触を伴うコミュニケーション(握手・ハグ・手当てなど)は、人と人との間に“存在の確認”を生み出し、社会的なウェルビーイングを支える基盤となります。たとえば、日本福祉大学が提唱する「包括的ウェルビーイング」の考え方では、個人の幸福だけでなく、「人とのかかわりを通じた安心」こそが重要であるとされています。


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握手はまさにその象徴です。言葉がなくても、「私はここにいる、あなたもここにいる」と伝える行為。それは“社会的な孤立”を断ち切る、小さな革命ともいえるでしょう。



今日からできる、小さな“つながり”の実践


1. 意識的に握手を交わす

慌ただしい日常の中で、ただの形式になりがちな握手。だからこそ、少しだけ心を込めてみませんか?手を差し出すときに、相手の目を見る。相手の手のぬくもりを感じる。たったそれだけで、その握手は“挨拶”ではなく、“対話”になります。


2. 握手の代わりになる「触れ合いの工夫」

感染症への配慮や文化的背景によっては、握手が難しい場面もあります。そんなときには、「両手を胸の前に重ねる」「軽く会釈する」「手のひらを向ける」など、触れなくても“つながり”を表現できる動作が各地に存在します。

“相手を受け入れる姿勢”が伝われば、そこに安心は生まれます。形式ではなく「思い」を届けること。それが何より大切です。


3. “今日の握手”を振り返る習慣

その日交わした握手を、夜にそっと思い出してみてください。「あの人とつながれた」「あの時、安心できた」、その感覚を短く書き留めてみましょう。

触れ合いは一瞬ですが、心に残る体験は、時間を超えて私たちの内側に作用します。それが積み重なって、やがて「人を信じる力」や「自分を許す力」になっていくのです。



手をつなぐことは、人生に“光”を灯すこと


人と人との間にある「見えない壁」は、言葉でなく、手で触れることで静かに溶けていくことがあります。握手は、平和のしるしであり、信頼の象徴であり、そしてなにより「あなたを大切に思っています」という心の表現。どんなに時代が変わっても、テクノロジーが進化しても、人のぬくもりを伝える手の力は、変わらず私たちを癒し、支えてくれるでしょう。


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今日、誰かと手をつなぎたくなったら、どうかその気持ちを大切にしてみてください。その手のぬくもりが、誰かの心に、小さな安心を灯すかもしれません。



誰もが誰かのライフセーバーに


誰かの命を救うのは、医師やカウンセラーだけではないかもしれません。たったひと言「どうしたの?」と声をかけてくれたあの人。何も言わず、ただそばにいてくれたあの人。そうした誰かの存在が「孤立」という選択肢を遠ざけてくれると考えています。


私たち一人ひとりが、誰かの「ライフセーバー」になることが求められている時代です。その第一歩は、見えない心の声に静かに耳を澄ますことから始まるのではないでしょうか。

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参考文献


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